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八重洲 小話
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〜 第一話 〜

 400年ほど昔の話。1隻の船が九州豊後に漂着しました。その名はリーフデ号。オランダから遠路はるばるやってきた船でした。100人以上いた乗組員の中で生存者は20人ほど。その中の一人は徳川家康の信頼を得て幕府の貿易顧問をつとめました。家を構え日本女性と結婚し子どもも生まれました。しかし60歳を越えたころ祖国オランダへ帰ることを願って乗った船が南シナ海で座礁。その生涯を終えました。  
彼の名前はヤン・ヨーステン。日本で23年暮らしたオランダ人の名が八重洲の地名の由来だといわれています。彼の屋敷近くの河岸が八代洲河岸(やよすがし)と呼ばれたのがそのはじまりです。

 2年近い航海の後、言葉の通じない異国の地で最高権力者の信頼を得て暮らすなんてドラマチックな生涯ですよね。必死で日本語を覚えコミュニケーションをとって日本の生活になじんだのだと思います。リーフデ号で一緒に来たウィリアム・アダムス(三浦按針)が住んだ日本橋の住居も按針町と呼ばれたっていいますから、江戸の町人もそんな異国人たちに一目置いていたのかもしれません。
 江戸から東京、400年を経て様変わりした町中に自分の名前が残っているなんて、当人たちは想像すらしなかったでしょうね。

(文・渡辺明子)

 
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